がくもんノススメ。

大学二年。司法試験受験生です。DaiGo入門者。

「影響力の武器」が私生活において強力すぎる。その三。

こんにちは、ロウです。

 

今日は、三つ目の武器「社会的証明」について考えたいと思います。

 

社会的証明」は、ある行動をする人が多ければ多いほど、人はそれを適切な判断だとみなすということです。

 

例えば、「寄付」なんかが例に挙げられると思います。

 

透明な募金箱の中に何も入っていない場合と、お金がたくさん入っている場合であれば、たくさん入っている場合のほうが周りの人寄付をしてくれる可能性は高くなるでしょう。

 

なぜならば、寄付をするかもしれない人がたくさんのお金を見たときに、過去に募金した多くの善良な人々の姿を無意識のうちに感じ取り、その募金を目的がより正当であるように思えてしまうからです。

 

つまり、その基金には多くの人々のお墨付きが与えられ、社会的証明が付与されているため、仮にそのお金は基金の団体のメンバーが入れたものであったとしても、ある募金者は騙されてしまう可能性があるということです。

 

本の中で僕が面白いと思ったポイントは、社会的証明がときに「悲劇」を生んでしまう可能性がある、ということです。

 

本の中に、あなたが緊急事態に陥(体が尋常ではなく痛い、など)り、群衆に助けを求めなければならない(救急車を呼んでほしい、など)場合、どのような行動をとるべきか、ということについてが書いてありました。

 

仮に助けを求める人が人ごみの誰でもいいから助けてほしいと思っていたため、「誰か助けてくれ!」と叫んだとしましょう。

 

この場合、即座に誰かがすっ飛んできて「大丈夫か!?今すぐ救急車を呼んでやるからな!」ということになるでしょうか。

 

正義感が強く、周りに流されないような信念の強い人がたまたまいた場合、助けてくれるかもしれませんが、大方の人は自分が「特別な存在」になるのを本能的に避け、「周りが助けていない」という社会的証明のために、彼らの行動に期待はできません。

 

この辺は日本人は特にそうなのではないでしょうか。

 

そこで、即座の救助を求める場合の著者のアドバイスとしては、「群中から一人を分離する」ということでした。

 

つまり、「特定の人に特定の救助を求める」ということです。

 

そうすることによって、周りもその緊急事態が認識できるし、直接に課題を与えられた

人たちは行動が明確化されるため、助けてもらいやすくなる、ということです。

 

そういえば免許取るためにAEDの講習受けたときに「あなたはAED、あなた救急車」などとひとつずつの頼みごとを特定の人に割り振っていたような、、、と思ったり。

 

それも、「社会的証明」が生み出してしまう「悲劇」を防ぐための方法なんですかね。

 

明日は「好意」についてです。

 

では。